とりさんとチェコのピアノ

Ptáček a České Klavír

リンケージムービーコンテスト 2018 出品作『1日のはじまりと終わり。』作者インタビュー!

台湾で日本語教師をしている、とりさんの実姉mmaarriiaaさんが、初の映像作品を出品しているということで、応募にいたった経緯や作品に込めた思いなどを聞きました。

mmaarriiaaさんのブログ:台湾・彰化暮らし 2017

出品先の「Linkage Film Festival」はドイツ大使館が実施するショートムービーコンテスト。テーマは「ヨーロッパと日本のリンケージ(つながり)」の表現。開催2回目となる今回は、ドイツの女性詩人Hilde Domin(ヒルデ・ドミン、1909年 - 2006年)の一篇の詩『Nicht müde werden(あきらめないで)』とのつながりも求められました。

linkagefilm.jp応募作品一覧はこちら:https://linkagefilm.jp/movies2018

タイトル:1日のはじまりと終わり。
あらすじ:2014〜2015年に滞在したヨーロッパ、および、ゲストハウスで働いていた頃の高山での映像を組み合わせ、1日を表現した。一日は短いようで長い。1年も10年も大人になってしまえば、あっという間に通りすぎてしまうけれど、その時々で感じる自分の気持ちを大事にして日々過ごしてほしいというメッセージを込めた。

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  話し手:mmaarriiaaさん    聞き手:とりさん

なぜ応募しようと思ったの?

ヨーロッパと日本のつながりというテーマに惹かれたし、プロ・アマ問わないということで気軽に、(映像制作経験のない私にとって)応募のハードルが低いと思ったんだ。 
結局は、私がドイツやスペインに行った当時の映像もあるし、日本の映像もすこしはあるし、素材があったというのが大きい。

 

映像を作るのは、今回がはじめてだったんだよね。

うん、はじめて。思い出スライドショーしか作ったことないよ。しかもWindowsで。(今回の作品では)作る前に流れを、図にして描いてみたほうが(編集作業が)楽だと思った。ここを短く、長くと決めておかないと、やっているうちに内容がぶれたり、だらだらした映像になりそうと思ったから。枠をいっぱい書いてさ。

 それは絵コンテと呼ばれるものだよ。すごいね、勉強したの?

去年、新海 誠監督作品『君の名は。』で、アニメの制作過程をけっこう観たのもあって、ちょうど映像制作に興味があった。

映画『君の名は。』公式サイト

 

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作品は、木馬のイラストが回転する場面からはじまって終わります。人生の儚さや、自分の力ではどうにもならないものにゆだねられているという教訓、同じところを気づかずに回っている滑稽さ、を伝えているようで印象的です。

 

「夢をあきらめないで」というメッセージをただ、自分自身にも伝えたかった

 

どうして、おはようからおやすみまでの1日の出来事というシナリオにしたの?

 

使用した詩がNicht müde werdenあきらめないで)』だったから。毎日、仕事をしていると、日が終わる頃にはすごく疲れる。たぶん仕事をしている人って、みんな毎日疲れるから、疲れると、寝るとか単純なことの優先順位が上がって、自分のやりたいことを、どんどん削ぎ落としてしまうだろう。私もそうだしなって思ったから、やりたいことや夢をあきらめないで、というのにつなげようと思って。

 

与えられた詩を「夢をあきらめないで」と解釈したんだね。ところで、これは旅の1日なの?どこか特定の国ではないようにしているのかなと感じたよ。

あえていろんなところの映像を使っている。各地の映像をつなげて朝から晩までにすることで、世界中どこでも1日は同じようにやってくるし、同じように終わるけど、どこにいても自分次第だというのがメッセージ。

Hilde Domin ヒルデ・ドミンの詩の内容について具体的にはどう考えた?あれを汲んで映像化するのは難しいよね。試訳だし。

詩については考えたけど、はっきりとは解釈できていない気がする。1日で、仕事終わりから深夜にかけて(短い制作時間で)作ったから、さほど言葉を重視せずにつくったところもある。
Nicht müde werden“ を私が訳すとしたら、疲れないで、とか寝てしまうなという感じ?違うな。müde ミューデというのは疲れているという形容詞で、疲れていることから眠い、寝たいという意味も持つ。ただ疲れたと言っているのか、疲れてもう寝たいと言っているのか、文脈から判断するしかない。このことには映像を作り終えた後に気づいたんだよ。ちゃんと見ないといけないなと反省したけど。

詩をそのまま引用するのは義務ではない。

書かなくても良かったんだよね。ドイツ語はすこしは出来る(補足:彼女はドイツ語B1資格を持っている)から、朗読も考えたけど、わたしの声が入ると、つぶしそう…

つぶしそう?メッセージを? 

いや、私はとても静けさを求めたんだと思うよ。この映像を作った頃。やっぱり(現在、住んでいる台湾の町が)うるさいから、静けさをなるべく残したかった。 

 

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スペインのカンテ、人々が賛美歌を歌いながら通りを歩いていく場面、どこか此処ではない場所に連れていかれるような、人々の声や歌が映像の通奏低音として流れています。

 

さて、これからも映像をつくっていくつもりはあるの?

いろいろと素材集めは好きだから、やっていこうと思う。

 

繰り返しになるけれど、ずばりテーマはあきらめないこと?

単純に、ダイレクトに「あきらめない」でつくったよ。私は旅している感じの日常がすごく好きで、動き回って1日を旅したいから。私の欲求が映像に表れているかもしれない。

 

本を読みたい欲が強くあって、インプットが足りていないのだ、と彼女はそう言って、いま読んでいるというドイツ関連書籍を紹介してくれた。生産性をいかにつくりだすか。ドイツの地場老舗プライベートバンクであるMetzler Asset Management メッツラー・グループで長く働いてきた著者、隅田 貫(すみた かん)氏による『仕事の「生産性」はドイツ人に学べ 「効率」が上がる、「休日」が増える』KADOKAWA、2017年9月)。ドイツの働き方がテーマで、経験として知っている部分もあったが、言語化されてすっきりしたそうだ。

 

 

ここであらためて、コンペのテーマとなっていた

Hirde Domin ヒルデ・ドミンの詩を引用する。

Nicht müde werden
Nicht müde werden
Sondern dem Wunder
leise
Wie einem Vogel
Die Hand hinhalten

試訳『あきらめないで』
あきらめないで
まるで小鳥に差し出すように
奇跡に
そっと
手を差し伸べて

„Hilde Domin, Nicht müde werden. Aus: dies., Sämtliche Gedichte. © S.Fischer Verlag GmbH, Frankfurt am Main 2009“

 

みなさんは、このテーマにどんな答えを見つけるでしょうか?